WEB版 ぐるぐる富士山

VOL.91

WEB版 ぐるぐる富士山

まるでニワトリとタマゴの話のように。タイトルが先だったのかコンセプトが先だったのか思い出せない今回の旅ですが、日本が誇る名峰に魅せられて、とにもかくにもぐるぐるし続けました。頂きにまだ雪残る4月から、山開きされる7月上旬までの3ヶ月間。もちろん、本誌vol.86でも宣言した通り、初心にかえるべく人生初の富士登山にも挑戦してきました。さてさて、どんなぐるぐるだったのでしょうか?

撮影/関 暁   取材・文/唐澤和也

01旅する富士山

月刊LOGOSの旅と
月刊LOGOSの旅といえば、やっぱりキャンプは欠かせません。そして、『ぐるぐる富士山』というぐらいですから、富士山が見える絶景キャンプ場だってかかせません。そんなアウトドアな旅もフューチャーしつつ、やっぱり一番欠かせないのは人との出逢いだったのでした。

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02登るぜ富士山

5月28日は今回
30年前の杖を愛
天才画家・葛飾北斎から昭和の写真家・岡田紅葉まで。富士山に魅入られた表現者の気持ちが、人生初富士登山でちょっぴりわかった気持ちがしました。なんて言うか、この日本一の山はとにかくでかい! その感覚は物理的な意味だけではなく精神的にも……。いざ、登ります!

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03

「はじめての富士登山。本誌編集長の場合」

取材後記

「はじめての富士登山。本誌編集長の場合」

  いい加減に学ぼうよと思う。
 7月1日、富士登山の吉田ルート。人生初の日本最高峰登山は、まずまず順調だった登りとは裏腹に、その下山は修羅場と化していた。
 そもそも、のんびり行くはずだったのだ。はじめての富士山だし、お互いもういい年なんだし、登山の途中で写真を撮ったり、話を聞いたり、ふつうに登る人よりも時間がかかるだろうし。
 などという打ち合わせをカメラマンS氏と重ねて、通例の富士登山が1泊なところを2泊するという余裕な行程を組んでもいた。
 なのに、バンビだ。
 うまれたての小鹿のごとく、ぷるぷると震える右足はバンビ状態で、とっくの昔に言うことを聞いてくれない右膝がとくにひどい。登りはきつかったにせよ、順調だった。頂上の火口周辺をぐるりとまわる「お鉢巡り」も、2時間ぐらいかけてコンプリートできてもいた。
 だが、達成感は一瞬だけ。右足がバンビりはじめたのは、下山してわりとすぐのことで、やがて膝を曲げることができなくなってしまう。無理して曲げようとすると、欧米人ならば「アウチ!」と叫ぶであろう痛みが走る。しかたがないので、マッチ棒のように曲がらぬ膝を「いっちに、いっちに」と前後させるしかなく、ふつうに歩く場合の5倍は時間がかかってしまう。
 ぐるぐるぐるぐる。
 時は戻って4月18日のこと。
 すべてのはじまりはこの日だった。雪残る富士山を撮影するというのが目的だったが、富士スバルライン五合目で、異国情緒を満喫する。中国からの観光客が圧倒的多数派で、ニーハオ感がものすごい。そんな異国情緒あふれる人混みをさけ、吉田ルートの五合目から六合目を登ってみた。
 富士山登頂には「吉田ルート」「富士宮ルート」「御殿場ルート」「須走ルート」の4ルートがあるが、ほかよりも山開き時期が早く、本誌の制作進行に最適なのがココだった。
 そんなわけで、いまだ雪残る4月の吉田ルート。これがまぁ、ちょっと歩いただけで、息が切れに切れる。残雪を歩くには、スニーカーでは足元がおぼつかなかったという理由もあったが、それにしてもひどい。5年ほど前までは3000メートル級の登山が趣味だったぶん余計に、己の体力低下を痛感させられる。
 同世代のはずのカメラマンS氏は、「きついね?」という言葉とは裏腹に、こちらが腰をおろして小休止している隙に、撮影スポットを求め、目をキラキラさせて視界から消えていく。その後ろ姿に、最近読んだサッカー漫画にあった、身体能力にすぐれた者へのツッコミが思い出される。
〈フィジカルモンスターめ!〉
 こちとらフィジカル凡人。だったら鍛えるしかない。ぐるぐる富士山のラストを飾る登山で編集長がリタイアなんてシャレにもならない。
 というわけで、東京に戻った週末から週に1度、ランニングをすることに決めた。実際、この日から毎週末、僕は地元である学芸大学あたりをぐるぐると走り続けることになる。趣味ではこうはうまくいかない。つくづく仕事は偉大だと思う。
 ぐるぐるぐるぐる。
約1ヶ月後の5月17日。
 いやぁ、仕事って偉大だ。昼間っから頭がぐるぐるしても(=酔っ払っても)怒られないのだから。
 その日訪れたのは、山梨県の「くらむぼんワイン」。最後に富士山登頂があるとはいえ、今回の企画では、静岡側と山梨側の両サイドをぐるぐると旅するのがポイント。ならばと、山梨が誇る歴史あるワイナリーのひとつを訪ねていたというわけ。
 くらむぼんワインの創業は、1913年。3代目の野沢貞彦会長がブドウ畑やワイナリーを案内してくれ、何種類ものワインをテイスティングできる試飲会などで、いろんなことを教えてくれた。
 印象的だったのは、おいしいワインの原料となる糖度の高いブドウは、実は恵まれた環境よりも、硬い地面だとか雨量が少ないといった、ストレスのある場合のほうが育ちやすいということ。「人間も同じなんでしょうね」と会長は笑っていたが、毎週末のランニングをストレスに感じていた身には、けっこうな至言として響く。がんばれ俺と。おいしいワイン的富士登山成功のためには、ストレスを感じないとダメらしいぞと。
 会長が「富士山」について続ける。
「私が一番好きな富士山の見える風景は、山梨県の御坂峠からのものです。眼下に河口湖があって、その奥に富士山が見えて。河口湖周辺にもワインの配達で行くのでその時に見えるんですけど、本当に美しい。富士山は信仰の山でもありますので神々しさすら感じます」


ミスター富士山は言った。
富士山への畏敬の念を忘れずに。

 ぐるぐるぐるぐる。
 今度は静岡側での5月28日。
 くらむぼんワインの会長が言う富士山=信仰の山で言えば、有名なものは江戸時代にひろまった「富士講」だ。
 そのシステムは、庶民がお金を出しあって代表を選び、みんなの祈願を託された代表が江戸から富士吉田まで歩いて、その後、山頂を目指すというもの。江戸から富士吉田まで片道3日、富士吉田から頂上まで往復2日。つまり、合計で8日間の旅だったそうだ。しかも、かなりの健脚でとの条件付きで。
 では、現代の健脚事情はどうかと言うと、静岡県在住のミスター富士山こと實川欣伸さんの経歴がすさまじい。
 目標は、富士山に2230回登ること。本誌が話をお聞きした時点での登頂回数は、なんと1979回。この夏75歳になったというのに、富士宮五合目から約8時間で登頂して戻ってきちゃうし、かつては1泊2日で計4登頂していたというから健脚どころか、もはや「神脚」ですらある。
「富士山は見るもので登るものじゃないと言う人もいるみたいだけど、僕はまったくそうは思わないです。富士山には、登らないと見れない景色がありますから。サンピラーと呼ばれる太陽から光の柱がおりてくるような景色が見られたり、彩雲と言うんですけど、太陽の近くの雲が緑や赤色に彩られたりね」
 實川さんの富士登山初体験は、家族と一緒のもので、現在のように回数を目標にするものではなかった。
「本当は調理師免許も取っていたから、焼き鳥屋かラーメン屋をやろうと思ってたの。それが富士山の魅力を知って、富士山のおかげで人生を楽しくさせてもらってる気がします。なにを食べてもうまいし、金はどっかからまわってくるしね」
 實川さんは、日本一の山にほぼ毎日登ることでご自身の健康のバロメーターとなることを「考えたらぜいたくな話だよね」と笑った。
 ぜいたくと言えば、本誌もぜいたくだ。ミスター富士山である實川さんから直々に、はじめての富士登山へのアドバイスをもらえたのだから。
①呼吸は「吐く」を意識して。登山中の「吸う」は意外と難しい。吐けば自然に吸うのが人間。
②呼吸にあわせて一定のペースをキープ。ゆっくりでも自分のペースで。
③富士山への畏敬の念を忘れずに。
 その後、6月23日、實川さんは富士山登頂2000回目を達成した。
 ぐるぐるぐるぐる。
 ふたたびの7月1日。
 待望の富士山山開きである。
 天狗様と赤富士神輿がやけにファンキーだった開山祭の前に、我が目が圧倒されたのは、五合目から眺める雲海だった。白く広く漂う雲海。こちらから見てその奥のほうを、いままさに登らんとしている太陽が橙色に染めていく。360度、すべてがパノラマで美しい。
 ちなみに、当初予定の2泊のうち1泊は山開き前夜にあてていた。山小屋ではなく富士スカイライン五合目の宿に泊まり、五合目からのご来光を狙っていたというわけ。
 そして、7月1日。どうやら、天候も味方してくれていた。例年ならばまだ梅雨明け前というのに、快晴の天気予報。7月初日なのに、東京は35度の猛暑日だという。
 朝7時。歩く。呼吸は「吐く」を意識して一定のリズムで歩く。
 富士山が世界遺産となって以来、登山道は大渋帯すると聞いていたが、そんなことは一切なく、自分のペースで歩けるのがうれしい。渋滞モードになるのは、子供たちが夏休みとなる7月20日以降のことらしい。
 五合目から六合目へ。余裕。
 六合目から七合目へ。余裕。
 五合目で1泊して体が慣れたのがよかったのか、高山病の気配もなく、順調そのもの。家族連れの姿や外国人の仲間連れが目につき、休憩時に話かける余裕もあった。
 そんな流れの会話で、かなり意外だったのが登山客の目標設定。「頂上まで行けなくてもOK」な人がけっこうな確率で存在していたのだ。


フィジカルモンスターは言った。
プリンスルートがあるらしいよ。

 43回の富士登
 43回の富士登山経験者である69歳男性は「富士山は毎回わくわくするから好き。雨でも頂上に行けなくても」と語った。
 神奈川より初挑戦の25歳男子の目標は、「飲みの席のノリでつい来ちゃったんですけど、想像していたより倍きついです。とりあえず7合目まで行ければOKかなと」だった。
 なるほどなぁ。そういう考え方もあるよなぁとは思ったが、こちとらガチガチの元体育会系である。ましてや、週末ランニングを3ヶ月弱ほど積み重ね、さらには3週間ほど前から禁煙という奥の手も繰り出していた。喫煙者でない人には想像しにくいと思うが、週末ランニングの何十倍も禁煙のほうがきつかった。それだけに、ここまでしておいて「頂上まで行けなくてもOK」などとはとてもじゃないが思えやしない。
 だから歩く。ランニング効果か、禁煙効果か、はたまた登山靴を履いているからか。はじめての4月18日と同じ道のりとは思えぬほど軽やかな足の進み。七合目までは息も切れず、快調そのものだった。
 本七合目から八合目では、登りきったと思ったら、同じような岩場がまるでデジャブのように続くので、「Again(もう1回)?」と叫んだ外国人女性にはげしく共感したが、それでも余裕があった。
 ぐるぐるぐる。
 ここで冒頭の言葉に舞い戻る。
 いい加減に学ぼうよと思う。
 実は、当初のプランでは快調に到達できていた八合目で、もう1泊するはずだった。だが、順調すぎた。登りはじめから4時間ほどの11時には到着してしまっており、なにをしてすごせばいいのかがわからない。寝るのか? いやいや、仮に早朝3時に起きるとしても何時間寝るんだという話。
 しかも、フィジカル凡人の僕でさえ好調なのだから、モンスターならば超楽勝のご様子。S氏が言う。
「行っちゃう? このまま?」
 絶妙な軽いノリだった。日本一高い山の3776メートルへの道のりだというのに「ちょっとコンビニ行く?」みたいな軽やかさ。もちろん、抗えるはずもない。
 そしてまんまと、冒頭の修羅場である。
 数度すら曲がらぬ膝。遅々として進まぬ歩み。余裕で子供連れの家族に追い抜かれる。でも、その家族のお母さんがやさしい人で、僕の不具合に気づいたのだろう。追い抜いてからわざわざ戻って来てくれて「大丈夫ですか?」と湿布を1枚渡してくれた。ありがたい。
 ぐるぐるぐる。
 人生最遅の歩みのなかで、ぐるぐると頭のなかを駆け巡るのは、この旅で出会った人たちのことだった。
 山梨県の中古レコード屋オーナーの若者は「東京だと選択肢がいろいろあるだろうけど、ここだとやらなきゃいけないことが明確」と言っていたのがカッコよかったなぁ。
 ピーチキャンプの雨宮さんと出会うきっかけはお肉屋さんだった。お店のおばちゃんが「キャンプだったらおもしろい人がいるよ」と教えてくれたのだが、はじめは「ビーチキャンプ」と聞こえて、山梨のどこに海岸があるんだと不思議だったなぁ。
 ご夫婦で2羽の鷹を飼われていたふたりは、いつの日かお鉢巡りの場所、つまりは富士山火口で鷹を往来させるのが夢だそうだ。それにしても、富士山で鷹は笑った。ものすごい首振り速度で二度見したなぁ。
 ぐるぐるぐる。
 にやにやにや。
 まわりから見たらさぞ気持ち悪かっただろう。ボロボロの中年登山者がニヤニヤと思い出し笑いをしながら、まるでカタツムリのようなのろまさで、ゆっくりと下山していたのだから。
 夜の9時をすぎていたと思う。
 なんとか無事に下山できた時の安堵と達成感は、ちょっと言語を絶していた。うれしくて死ぬかと思った。
 ただ、富士山はこれが最初で最後でいいやとも感じていて、かつて登ったことがある日本2位の北岳から眺める富士山ならば、もう一度見てみたいなぁともぼんやりと考えていた。
 なのに、モンスターが言う。
「まだあまり人に知られていないらしいんだけど、富士山にはプリンスルートっていうのがあるらしいよ」
 この人はどこまで怪物なのか。こちらは最初で最後とか思っていたのに、下山即次って。底が知れない。
 だが、後日気になって調べたところ、プリンスルートのメリットは、「下山時に膝への負担が少ない」点もあげられるらしい。バンビらない富士山かぁ。あれほど懲りたはずなのに、ぐるぐるが首をもたげる。
 とりあえず、禁煙はもう少し続けてみようと思う。


取材後記

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