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home > 月刊LOGOS > vol.107 釜石とラグビーと2019年
月刊LOGOS
月刊LOGOS
「アウトドア誌上体感WEBマガジン」である月刊LOGOSは、今年もたくさんのアクティビティを体験してきました。というわけで、恒例の振り返り企画なのですが、まずは、新企画からお楽しみください。11月16日、ラグビーワールドカップの会場にもなった岩手県・釜石で、はじめての体験をしてきたのです。キーワードはラグビーとBBQ。さて、どんな初体験だったのでしょう?
表紙撮影/関 暁   構成・取材・文/唐澤和也

ラグビーのオールドファンならばご存知でしょう。「北の鉄人」と呼ばれた実業団チームが日本選手権7連覇の偉業を達成し、そのお膝元が、ここ釜石であったということを。そんなラグビーの街・釜石で、(たぶん)日本初のラグビー観戦with BBQが開催されたのです!

「鉄と魚とラグビーの街」釜石へ。写真は期間限定&土日限定で釜石〜花巻間を運行している「SL銀河」。旅の終わりにEnjoyすることに。

「釜石鵜住居復興スタジアム」へ。この日は、「釜石シーウェイブス」VS「コカ・コーラ レッドスパークス」の一戦なのですが……。

さすがラグビーの街です。トップ選手同士の戦いの前に、中学生のエキシビジョンマッチが開催されておりました。

さぁ、いよいよ試合開始。釜石シーウェイブスの試合は、ほら貝から始まります。そして、さらなる名物は後方に見えている……。

大漁旗! 東北の南三陸ではフライキとも呼ばれ、富来旗や福来旗と書くことも。当日はなかなかの寒さですが、観客は楽しそう。

てなわけで、キックオフ。山に囲まれたスタジアムが美しい。ワールドカップ時は、各ゴールポスト後方にも客席が。

ワールドカップでにわかファンになった筆者も覚えました。空中戦が繰り広げられる「ラインアウト」。激しい!

しかーし。実はその頃、取材班は別の場所で、もうひとつの激しい戦いの場にいたのでした。写真左「LOGOS」の横断幕のうしろで……。

美味すぎる鮮魚BBQではアワビ&ホタテの争奪戦が! いや、争奪戦は言いすぎでした。ピースフルなBBQが楽しまれていたのです。

BBQ会場から見る試合の様子。これぞ、(たぶん)日本初のラグビー観戦 with BBQ! 魚とラグビーの街ならではの試みです。

東京からお越しの藤井さん(写真左から3番目)は、元ラガーマン。チームを支えるリエゾンオフィサーとしてワールドカップにも関わりが。

「釜石の人はやさしいです。今日も電車で会った人がここまで車で送ってくれました」(藤井さん)。息子の琴乃介くんもラガーマン!

釜石在勤の佐々木さん(写真中央手前)は、テストマッチでこのスタジアムに訪れた時の外国人との会話が忘れられないそうです。

試合も白熱しておりますが、会話の再現を。「どのチームを応援しているんですか?」「日本です」「私は釜石を応援しています」。

その外国の方、粋! 外国の方といえば、今回の試合観戦も訪れている人々が。非公式黙認マスコット「なかぴー」「なかりん」と一緒に。

石田さん(写真左から3番目)はご主人と息子さんがラガーマン。「家にラグビーボールが何個あるかわかりません(笑)」。

ご当地キティ関連会社のみなさま。東京より参戦でした。気になるのが、右の方のアウターの下に見えているものでして……。

3人の知人がデザインした釜石シーウェーブスのTシャツ。手前の日本酒は、釜石の地酒「浜千鳥」スペシャルバージョン!

今回のBBQ観戦企画の発起人であり、釜石市ラグビーワールドカップ2019推進本部事務局主任の長田剛さん。お話は本文にて。

そして試合は、まったくの互角で前半戦を終えることになります。

ハーフタイムショーでは、地元の園児たちが大活躍。そして、キティちゃんも大活躍!

ユニフォーム姿の戸塚さんは、震災時にボランティアで釜石へ。社内ベンチャーで釜石に会社を立ち上げ移住されたそうです。

試合のシーンですが戸塚さんの言葉を。「このスタジアは瓦礫の仮置き場で。それがワールドカップの会場になって……。号泣でした」。

現在のスタジアムの場所には、小学校と中学校がありました。地元の女子高生が刻まれた言葉の意味を真摯に説明してくれました。

震災時に寄せられた世界中からの好意への感謝の気持ちが、スタジアムに残されていました。

ワールドカップ時の台風で一緒にボランティアをしたカナダのラガーマンと交流を深め、カナダ・ビクトリアに留学するという高校生。

さて、試合です。5点ビハインドの釜石シーウェイブスがロスタイムに劇的なトライ! 24対24でノーサイドとなりました。

取材班は大漁旗たなびく応援席で観戦していたのですが、同点に追いついた瞬間はものすごい熱狂ぶりでした。

そして! 試合後のアトラクションが最高でした。タックルやラインアウトなどを、釜石シーウェイブスの選手と一緒に体験!

おまけ。シニアチームのエキシビジョンの様子より。キッズからシニアまで。幅広い年齢層が夢中になる。釜石はラグビーの街でした。

2019年の月刊LOGOSは、雪景色から秋模様まで、日本の四季とともにEnjoy Outing!を重ねてきました。でも……今年の冬は寒いっ! というわけで、なるべく春夏感のある企画&写真でプレイバック。そうそう、平成から令和へと時代が変わったりもしたんですね。 撮影/平野太呂

セレクションカタログ2019「旅する仁淀川」の月刊LOGOS版より。奇跡の清流・仁淀川を高知県日高村を中心に巡りました。

仁淀川専門のリバーガイドの岡林哲司さん。のんびりとしたペースで、たまに空を見上げて横になっちゃったりして。最高!

仁淀川では水切りの国際大会が毎年開催されてるって知ってました? 岡林さんは第8回大会チャンピオン。

日本一の清流で日本初のロゴサーを発見! 初というのは「LOGOS 2マンカヤック」を愛用しているロゴサーとの遭遇は本誌初!

夏の仁淀川でキャンプを。振り返れば、2019年は絶景キャンプを数多く体験できました。

たとえば、こちらは本邦初公開の湖畔キャンプ@北海道。月ロゴチームで、たき火まわりの新製品を中心に撮影。

続きましては、4月15日更新号の「ご当地BBQ」。今回は広島を訪ねたのですが、どんなグループの集まりかというと……。

ラガーマンとその家族。ということは、年に2回も月刊LOGOSはラグビーにお世話になったんですね。

@広島といえば? もちろん、牡蠣! 編集部の先入観ですが、ラガーマン=ハングリーマンだろうと30個も用意!

そして、「ぶちうまい焼きそば」。もちろんin to theお好み焼きですが、広島の方は「広島焼き」と言わないそうです。

なぜなら、広島焼きと呼ばれているものこそが、THEお好み焼きだから。うまそう。否、ぶちうまそう!

こちらはご当地ならぬ、ご近所BBQの鯛めしをダッチオーブンにて。瀬戸内海を挟んだご近所・愛媛県のご当地メニューです。

そして、春。桜ならぬ桃の花見をキャンプしながらという「ピーチキャンプ」に初参戦してきました。

枝の上側になっている花を落としていく摘花という作業後の、キッズの手のひらに咲き直した桃。美しいっす。

会場となったのは、山梨県笛吹市。笛吹市はブドウと桃の収穫量などが全国1位。ワインどころ勝沼とも隣接しています。

そんな笛吹市の桃農園でキャンプするから「ピーチキャンプ」。早朝&夜は寒し。でも、この寒暖差が果実をおいしくするのだそう。

山梨県大月市よりお越しの上條さんファミリー。超本格的な鶏の丸焼きを、おすそ分けしていただいちゃいました。

あれ? 振り返りの編集をしているいま、お腹がすいているのでしょうか? なにかっていうとBBQが登場してますね。反省して沖縄編です!

こちらも絶景キャンプと言ってよいでしょう。「なきじんゲストハウス結家」さんのご協力でシーサイド・デイキャンプを。

って、ダメだ。かくも、おいしそうなBBQを紹介せぬわけにはいきません。ミーバイ(写真右)、マチダカ(同左)。

こちらは、新潟出身の方が作ってくれた「けんさん焼き」。郷土料理だとか。このあと、グリルしておいしくいただきました。

新潟だけではなく、韓国や台湾からの宿泊客の皆様も一緒に乾杯! 途中、雨が降ったりするなか、ありがとうございました!

夏っす。夏といえば、北海道です。北海道といえば、JOIN ALIVE! 遊園地のあるフェスってやっぱりいいです!

そんなJOIN ALIVE のMYベストPHOTOがこちら。マキシマム ザ ホルモン大好き少女の林&鈴木&後藤。全員18歳!

そして、今年は雨のなかの開催となったFUJI ROCK FESTIVAL。台風直撃かとの予想もありつつ、なんとか無事開催!

そんなFUJI ROCK FESTIVALのMYベストPHOTOがこちら。ザ・キュアー目当てでお越しのタイのアラフォー女子!

振り返ってみると、女子に注目した1年だったのかもしれません。では、「TOKYO OUTING!」でMEN’Sワールドへ。

東京の秘島・青ヶ島へ。東京から約287kmの八丈島へ渡り、さらにフェリーで約3時間揺られると……。

世界でも珍しい二重カルデラが美しい青ヶ島へ。その目的はといいますと?

「青ヶ島キャンプ場」でのテント泊。夜の星空がそれはもう“絶景キャンプ”でした。

とはいえ、MEN’Sワールドは大げさでは?と感じた読者の皆様へ。フェリーの就航率50%、1週間帰れない人多数なのです。

編集部は、往路復路ともにギリギリなんとかなって1泊2日で切り抜けるという奇跡を体験。写真はスカリツリーBBQを体験。

さすがにもう、フードは紹介しないっす。代わりにこんな1枚を。平成から令和へ時代が動いた年、それもまた2019年。

おまけです。釜石への旅では、取材帰りに「SL銀河」の旅もEnjoyしてきたのでした。

SLなのになぜにカッパ? SL銀河は釜石〜花巻を運行しているのですが、取材の兼ね合いで乗車したのは、カッパ伝説が残る遠野駅。

岩手県出身の宮沢賢治へのリスペクトが詰まったSL銀河は、超おすすめです。途中、観光名所のめがね橋も経由します。

ただし〈めがね橋を走るSLの様子〉は乗ってちゃ見れないし写真にも撮れないんですけどね(笑)。走っているSL、超人気!

いかがでしたでしょうか、今回の振り返り企画。「釜石とラグビー」の本文へと、旅はもう少しだけ続きます。

取材後記
「鉄と魚とラグビー の街、釜石へ」 
「鉄と魚とラグビー の街、釜石へ」   新しいアウトドアイベントや人との出会いに恵まれた2019年。今年もまた、月刊LOGOSは、「旅するWEBマガジン」でもありました。恒例となった夏の北海道(JOIN ALIVE!)や新潟(FUJI ROCK FESTIVAL!)はもちろん、高知、広島、山梨、沖縄、そして東京。特集「TOKYO OUTING!」での東京は、ふだん住み慣れている街なのに、「アウトドア」という目線がひとつ加わるだけで旅になるのだなぁと気付かされました。それは、「玄関から一歩でも外に出たらアウトドア」と考えるLOGOSのイズムを再確認できた特集でもあったのかもしれません。
 そんな2019年の11月。月刊LOGOSは岩手県・釜石を訪ねました。電車に揺られている時間だけでも約5時間と、東京からのアクセスは正直言ってよくはありません。でも、逆に言えば旅感満載であるということ。前出のフォトリポートでもお伝えしましたが、キーワードはラグビーとBBQ。ラグビーの試合を観戦しながら、アウトドアの王様アクティビティともいえるBBQが楽しめるという初体験に胸を踊らせ、試合前日に「鉄と魚とラグビーの街」へと移動を済ませました。前のりというやつです。晩ごはんがてら、街をぶらりと歩くのも旅の魅力のひとつですから。
 楽苦備=ラグビー。
 そんな言葉を知ったのは、その夜のことでした。たまたま訪れたお店の大将がラグビー経験者で、こちらが明日の試合を取材しに来たと知ると親切にしてくれ、わざわざ“先輩”に電話をしてその場に呼んでくれたのです。木村りんぞうさんでした。りんぞうさんは漁師で市議会議員で、岩手県立釜石北高等学校ラグビー部の初代キャプテン。卒業が昭和41年だそうで、当時から高校生が部活動に熱を入れるほどのラグビーの街だったのだなぁと驚くと、「いやいや。最初はグラウンドの石ころ拾いが練習だったから」と、りんぞうさんが教えてくれました。
「大磯昭一先生という方がすべてのはじまり。それまでラグビー部なんてなくてゼロからのスタートでね、ラグビーボールなんてなくてバスケットボールで練習していたんだから(笑)。でも、ラグビー経験者の素晴らしい先生で、大それた目標なんだけど『5年で全国大会にいく』って猛練習に次ぐ猛練習で我々を鍛えてくれて。『とにかく走り負けるな』と電柱と電柱の間が50mぐらいだったんだけど、ダッシュとジョギングを繰り返す、いわゆるインターバルトレーニングを毎日10kmぐらいやってたのかなぁ。教え方もわかりやすくて、『ボールを持ったら前へ走れ』『キックされたボールは落とすな』『走ってるやつのうしろに必ず2人つけ。三角形だ』とかいう感じ。それでまた楽しいんだ、タックルが一発で決まって相手を倒せると。本当に練習はきつかったし、何度も気を失ってヤカンに入れた氷水をぶっかけられて目を覚ましたりしたけど、楽も苦も備わっているのがラグビーであると。いまでもその通りだと思うね」
 お店の大将はりんぞうさんの後輩で、フォトリポートで紹介した昭和感溢れるセピア色の写真は大将が高校生の時のラグビー部のもの。その写真があまりにも素敵だったので「ほかにも写真はないんですか?」と聞くと「流されちゃったんだよなぁ」と大将。2011年のあの出来事があった時、店も思い出も全部が流されてしまったそうです。では、なぜあのセピア色の写真が残っているかといえば、大将のラグビー部の後輩が自分が持っている写真や資料をコピーして1冊の思い出にまとめてくれたからでした。
 鉄と魚とラグビーの街・釜石は、震災の被害を受けた街でもありました。

ある人にとってのワールドカップの名場面。
「勇敢な男に対して子供たちが拍手喝采だったんだよ」。
ある人にとってのワールドカップの名場面。<BR>
「勇敢な男に対して子供たちが拍手喝采だったんだよ」。  りんぞうさんと大将の話を聞いた夜、明日の試合の持つ意味が、さらに大切に思えてきました。一般的に、BBQは生活必需イベントではなく、レジャーです。そんなレジャーを釜石の人々がふつうに楽しめるということ。しかも、会場は先のワールドカップで世界レベルの選手が競いあった「釜石鵜住居復興スタジアム」であるということ。
 今回のBBQ観戦企画の発起人であり、釜石市ラグビーワールドカップ2019推進本部事務局主任の長田剛さんが、ワールドカップ開催当時の様子を思い出してくれました。
「開催が決まった時は複雑な感情でした。素直に『わぁ、うれしい』もあるんだけど、驚きもあって、みなさんへの感謝の気持ちもあったし。いい意味でなんですけど、複雑でした。開催期間中は裏方でしたので、試合を見れていなかったんですね。でも、このまま見ないで終わるのは無理だと。それで、同じ現場の方に『一瞬だけ目に焼き付けさせてください』とお願いして、スタンドの一番上に駆け上がったんです。そしたら……涙が止まりませんでした。地震があって、復興という意味でワールドカップ開催誘致とスタジアム建設を実現したかったんですけど、一部の人からは『無理だ、非常識だ』と言われ続けてきたんです。でも、実現できた。僕のワールドカップの名場面はあの瞬間でした」
 長田さんの話を聞いて思い出したのは、このスタジアムに市内2200人の小中学生がワールドカップ観戦に招待されたということ。昨夜のりんぞうさんにとっての名場面は、釜石の子どもたちの反応だったと教えてくれていたのです。りんぞうさんは言いました。
「ウルグアイ対フィジー戦だったんだけど、子供たちのなかにはラグビーをやっている子もいるし、釜石はそういう街だからね。どっちのチームを贔屓(ひいき)するとかが一切ないんだ。いいプレーには、もう拍手さ。小さい選手が大きい選手にタックルする。バーンとぶつかる。その勇敢な男に対して子供たちみんなが拍手喝采だったんだよ。そりゃあ人間は感情の生き物だし、ましてやワールドカップという大舞台なんだから選手たちは興奮して掴み合いになることだってあった。でも、そういう男たちがフルタイムを戦い切ったあとは握手で終わるところを子供たちはちゃんと見てて、その場面でもまた拍手で。ノーサイドの精神を子供たちが体感していたんです」
 その素晴らしき時間から約2ヶ月後の11月16日。ワールドカップが開催されたスタジアムでは「釜石シーウェイブス」と「コカ・コーラレッドスパークス」は熱戦を繰り広げていました。観客の一部の人は、鮮度抜群のアワビやホタテやイカをBBQで楽しみ、メインスタンドにはいくつもの大漁旗が振られていました。
 そして、試合後の「釜石鵜住居復興スタジアム」では、子供たちを含む観客が、釜石シーウェイブスの選手とラグビー体験を楽しんでいる姿がありました。

釜石のラグビーファンは選手名ではなく、
「釜石、行けー!」と街の名を叫ぶ。
釜石のラグビーファンは選手名ではなく、<BR>
「釜石、行けー!」と街の名を叫ぶ。  24対24のドローという緊迫した試合そのものの魅力はもちろん、印象に残ることがありました。それは、釜石シーウエイブスを応援する声。選手の名前を叫ぶ人はほとんどおらず、「釜石、行けー!」「がんばれ、釜石!」と皆が一様に街の名を叫んでいたのです。
 現役時代は日本代表選手であり、現在は釜石シーウェイブス・ゼネラルマネージャーの桜庭吉彦さんが、その声援の秘密を教えてくれました。
「あの声援は毎回なんです。ワールドカップが終わった瞬間も、このスタジアム全体が釜石コールでしたから。それぐらい、釜石のみなさんはこの街への思い入れが強いのだと思います。僕は秋田県出身なんですけど、実はそのこととは反対の経験もしているんです。18歳でした。高校卒業後は、釜石の実業団へ進むことが決まっていました。その実業団は新日鉄釜石という強豪チームだったんですけど、日本一7連覇をかけた一戦の前座的な試合で高校生の東西対抗戦というものがあったんです。昔の国立競技場が会場でした。つまり、東京での開催なんです。なのに、釜石の応援団がたくさん駆けつけてくださっていて、東軍として出場していた僕にも『桜庭、がんばれ!』と大声援を送ってくれたんですよ。僕が入団することを知ってくれていたんでしょう。その応援がうれしくて、うれしくて。それ以降34年間を釜石で暮らしていますけど、18歳の時からずっと釜石の人の印象は変わっていません。やさしい。釜石の人はやさしいです」
 釜石市は、ラグビーの価値を社会に広めたことを称えられ「キャラクター(品格)賞」を受賞しました。桜庭さんが続けた言葉は、釜石だけでなく、ラグビー選手のやさしさについてでした。
「ワールドカップは、台風の影響でナミビア対カナダ戦が中止になってしまいました。カナダの選手は、ものすごく落胆する出来事だったと思うんですけど、彼らのほうから台風被害に対して『手伝えることはないか?』と申し出てくれて、泥かき作業などをしてくれたんです。ナミビアの選手も『市民の方と交流したい』と申し出てくれて。振り返れば震災の時もそうでした。世界中からたくさんの支援や思いのこもったメッセージをいただいて、つながっているんだ、ひとりじゃないんだと励まされたんですよ。だから、キャラクター賞は釜石市が代表していただいただけで、震災の頃から応援してくださった世界中の方々も含めて、みなさんでいただいた賞だと感じています」
 鉄と魚とラグビーの街・釜石への旅。
 帰路、釜石から花巻を走るSL銀河に揺られながら、ふと思いました。
 釜石のやさしい人たちは、自分のことをドヤ顏で話す人がいなかった。震災のことも、台風のことも、ワールドカップのことも、自分が大変だったことよりも他者への感謝の言葉ばかりでした。
 その時、なぜだか、あの英語が頭に浮かんで言葉になりました。
 釜石は、One for all,All for oneの街でした。


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