釜石とラグビーと2019年

VOL.107

釜石とラグビーと2019年

「アウトドア誌上体感WEBマガジン」である月刊LOGOSは、今年もたくさんのアクティビティを体験してきました。というわけで、恒例の振り返り企画なのですが、まずは、新企画からお楽しみください。11月16日、ラグビーワールドカップの会場にもなった岩手県・釜石で、はじめての体験をしてきたのです。キーワードはラグビーとBBQ。さて、どんな初体験だったのでしょう?

表紙撮影/関 暁   構成・取材・文/唐澤和也

01釜石とBBQ

ラグビーのオールドファンならばご存知でしょう。「北の鉄人」と呼ばれた実業団チームが日本選手権7連覇の偉業を達成し、そのお膝元が、ここ釜石であったということを。そんなラグビーの街・釜石で、(たぶん)日本初のラグビー観戦with BBQが開催されたのです!

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02月刊LOGOSの2019年

2019年の月刊LOGO
そんなJOIN ALIVE
そんなFUJI ROCK F
SLなのになぜに
2019年の月刊LOGOSは、雪景色から秋模様まで、日本の四季とともにEnjoy Outing!を重ねてきました。でも……今年の冬は寒いっ! というわけで、なるべく春夏感のある企画&写真でプレイバック。そうそう、平成から令和へと時代が変わったりもしたんですね。撮影/平野太呂

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03

 新しいアウトドアイベントや人との出会いに恵まれた2019年。今年もまた、月刊LOGOSは、「旅するWEBマガジン」でもありました。恒例となった夏の北海道(JOIN ALIVE!)や新潟(FUJI ROCK FESTIVAL!)はもちろん、高知、広島、山梨、沖縄、そして東京。特集「TOKYO OUTING!」での東京は、ふだん住み慣れている街なのに、「アウトドア」という目線がひとつ加わるだけで旅になるのだなぁと気付かされました。それは、「玄関から一歩でも外に出たらアウトドア」と考えるLOGOSのイズムを再確認できた特集でもあったのかもしれません。
 そんな2019年の11月。月刊LOGOSは岩手県・釜石を訪ねました。電車に揺られている時間だけでも約5時間と、東京からのアクセスは正直言ってよくはありません。でも、逆に言えば旅感満載であるということ。前出のフォトリポートでもお伝えしましたが、キーワードはラグビーとBBQ。ラグビーの試合を観戦しながら、アウトドアの王様アクティビティともいえるBBQが楽しめるという初体験に胸を踊らせ、試合前日に「鉄と魚とラグビーの街」へと移動を済ませました。前のりというやつです。晩ごはんがてら、街をぶらりと歩くのも旅の魅力のひとつですから。
 楽苦備=ラグビー。
 そんな言葉を知ったのは、その夜のことでした。たまたま訪れたお店の大将がラグビー経験者で、こちらが明日の試合を取材しに来たと知ると親切にしてくれ、わざわざ“先輩”に電話をしてその場に呼んでくれたのです。木村りんぞうさんでした。りんぞうさんは漁師で市議会議員で、岩手県立釜石北高等学校ラグビー部の初代キャプテン。卒業が昭和41年だそうで、当時から高校生が部活動に熱を入れるほどのラグビーの街だったのだなぁと驚くと、「いやいや。最初はグラウンドの石ころ拾いが練習だったから」と、りんぞうさんが教えてくれました。
「大磯昭一先生という方がすべてのはじまり。それまでラグビー部なんてなくてゼロからのスタートでね、ラグビーボールなんてなくてバスケットボールで練習していたんだから(笑)。でも、ラグビー経験者の素晴らしい先生で、大それた目標なんだけど『5年で全国大会にいく』って猛練習に次ぐ猛練習で我々を鍛えてくれて。『とにかく走り負けるな』と電柱と電柱の間が50mぐらいだったんだけど、ダッシュとジョギングを繰り返す、いわゆるインターバルトレーニングを毎日10kmぐらいやってたのかなぁ。教え方もわかりやすくて、『ボールを持ったら前へ走れ』『キックされたボールは落とすな』『走ってるやつのうしろに必ず2人つけ。三角形だ』とかいう感じ。それでまた楽しいんだ、タックルが一発で決まって相手を倒せると。本当に練習はきつかったし、何度も気を失ってヤカンに入れた氷水をぶっかけられて目を覚ましたりしたけど、楽も苦も備わっているのがラグビーであると。いまでもその通りだと思うね」
 お店の大将はりんぞうさんの後輩で、フォトリポートで紹介した昭和感溢れるセピア色の写真は大将が高校生の時のラグビー部のもの。その写真があまりにも素敵だったので「ほかにも写真はないんですか?」と聞くと「流されちゃったんだよなぁ」と大将。2011年のあの出来事があった時、店も思い出も全部が流されてしまったそうです。では、なぜあのセピア色の写真が残っているかといえば、大将のラグビー部の後輩が自分が持っている写真や資料をコピーして1冊の思い出にまとめてくれたからでした。
 鉄と魚とラグビーの街・釜石は、震災の被害を受けた街でもありました。


 りんぞうさんと大将の話を聞いた夜、明日の試合の持つ意味が、さらに大切に思えてきました。一般的に、BBQは生活必需イベントではなく、レジャーです。そんなレジャーを釜石の人々がふつうに楽しめるということ。しかも、会場は先のワールドカップで世界レベルの選手が競いあった「釜石鵜住居復興スタジアム」であるということ。
 今回のBBQ観戦企画の発起人であり、釜石市ラグビーワールドカップ2019推進本部事務局主任の長田剛さんが、ワールドカップ開催当時の様子を思い出してくれました。
「開催が決まった時は複雑な感情でした。素直に『わぁ、うれしい』もあるんだけど、驚きもあって、みなさんへの感謝の気持ちもあったし。いい意味でなんですけど、複雑でした。開催期間中は裏方でしたので、試合を見れていなかったんですね。でも、このまま見ないで終わるのは無理だと。それで、同じ現場の方に『一瞬だけ目に焼き付けさせてください』とお願いして、スタンドの一番上に駆け上がったんです。そしたら……涙が止まりませんでした。地震があって、復興という意味でワールドカップ開催誘致とスタジアム建設を実現したかったんですけど、一部の人からは『無理だ、非常識だ』と言われ続けてきたんです。でも、実現できた。僕のワールドカップの名場面はあの瞬間でした」
 長田さんの話を聞いて思い出したのは、このスタジアムに市内2200人の小中学生がワールドカップ観戦に招待されたということ。昨夜のりんぞうさんにとっての名場面は、釜石の子どもたちの反応だったと教えてくれていたのです。りんぞうさんは言いました。
「ウルグアイ対フィジー戦だったんだけど、子供たちのなかにはラグビーをやっている子もいるし、釜石はそういう街だからね。どっちのチームを贔屓(ひいき)するとかが一切ないんだ。いいプレーには、もう拍手さ。小さい選手が大きい選手にタックルする。バーンとぶつかる。その勇敢な男に対して子供たちみんなが拍手喝采だったんだよ。そりゃあ人間は感情の生き物だし、ましてやワールドカップという大舞台なんだから選手たちは興奮して掴み合いになることだってあった。でも、そういう男たちがフルタイムを戦い切ったあとは握手で終わるところを子供たちはちゃんと見てて、その場面でもまた拍手で。ノーサイドの精神を子供たちが体感していたんです」
 その素晴らしき時間から約2ヶ月後の11月16日。ワールドカップが開催されたスタジアムでは「釜石シーウェイブス」と「コカ・コーラレッドスパークス」は熱戦を繰り広げていました。観客の一部の人は、鮮度抜群のアワビやホタテやイカをBBQで楽しみ、メインスタンドにはいくつもの大漁旗が振られていました。
 そして、試合後の「釜石鵜住居復興スタジアム」では、子供たちを含む観客が、釜石シーウェイブスの選手とラグビー体験を楽しんでいる姿がありました。


 24対24のドローという緊迫した試合そのものの魅力はもちろん、印象に残ることがありました。それは、釜石シーウエイブスを応援する声。選手の名前を叫ぶ人はほとんどおらず、「釜石、行けー!」「がんばれ、釜石!」と皆が一様に街の名を叫んでいたのです。
 現役時代は日本代表選手であり、現在は釜石シーウェイブス・ゼネラルマネージャーの桜庭吉彦さんが、その声援の秘密を教えてくれました。
「あの声援は毎回なんです。ワールドカップが終わった瞬間も、このスタジアム全体が釜石コールでしたから。それぐらい、釜石のみなさんはこの街への思い入れが強いのだと思います。僕は秋田県出身なんですけど、実はそのこととは反対の経験もしているんです。18歳でした。高校卒業後は、釜石の実業団へ進むことが決まっていました。その実業団は新日鉄釜石という強豪チームだったんですけど、日本一7連覇をかけた一戦の前座的な試合で高校生の東西対抗戦というものがあったんです。昔の国立競技場が会場でした。つまり、東京での開催なんです。なのに、釜石の応援団がたくさん駆けつけてくださっていて、東軍として出場していた僕にも『桜庭、がんばれ!』と大声援を送ってくれたんですよ。僕が入団することを知ってくれていたんでしょう。その応援がうれしくて、うれしくて。それ以降34年間を釜石で暮らしていますけど、18歳の時からずっと釜石の人の印象は変わっていません。やさしい。釜石の人はやさしいです」
 釜石市は、ラグビーの価値を社会に広めたことを称えられ「キャラクター(品格)賞」を受賞しました。桜庭さんが続けた言葉は、釜石だけでなく、ラグビー選手のやさしさについてでした。
「ワールドカップは、台風の影響でナミビア対カナダ戦が中止になってしまいました。カナダの選手は、ものすごく落胆する出来事だったと思うんですけど、彼らのほうから台風被害に対して『手伝えることはないか?』と申し出てくれて、泥かき作業などをしてくれたんです。ナミビアの選手も『市民の方と交流したい』と申し出てくれて。振り返れば震災の時もそうでした。世界中からたくさんの支援や思いのこもったメッセージをいただいて、つながっているんだ、ひとりじゃないんだと励まされたんですよ。だから、キャラクター賞は釜石市が代表していただいただけで、震災の頃から応援してくださった世界中の方々も含めて、みなさんでいただいた賞だと感じています」
 鉄と魚とラグビーの街・釜石への旅。
 帰路、釜石から花巻を走るSL銀河に揺られながら、ふと思いました。
 釜石のやさしい人たちは、自分のことをドヤ顏で話す人がいなかった。震災のことも、台風のことも、ワールドカップのことも、自分が大変だったことよりも他者への感謝の言葉ばかりでした。
 その時、なぜだか、あの英語が頭に浮かんで言葉になりました。
 釜石は、One for all,All for oneの街でした。


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