かごしま 茶飯事

VOL.87

かごしま 茶飯事

この旅は、ある日のふとした会話から始まりました。「BBQでコーヒーや紅茶は飲むのに、日本茶ってあんまり飲まないよねえ」「そもそも静岡以外でお茶を作ってるのってどこ?」。そんな疑問をゆるやかに紐解いていくうちに出てきたのがここ、鹿児島県でした。意外にも、静岡に次いでお茶の生産量が2番目に多い場所。鹿児島のお茶って? 食って? 好奇心のまま、気の向くまま足を伸ばした初夏の旅をお届けします。

撮影/衛藤キヨコ  取材・文/安部しのぶ

01お茶とご飯と。

前原presentsで舌
今回の旅を一言で言うなら「大人の気ままな社会科見学」。お茶とご飯にまつわる人たちにたくさん出会って、食べたり飲んだり話したり。ときには仕事現場もお邪魔しちゃったり。笑顔で迎えてくれたみなさんと、お茶とご飯のおいしさに感激しっぱなしの6日間でした。

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02お茶とご飯の合間。

数珠つなぎのように次から次へといろいろな人に出会った旅ですが、合間にいろんなモノにも出会いました。たたみかける最南端、中学生駅員に、長渕剛(!?)。そこはかとないファニーさがじわじわくる道中のアレコレ。鹿児島って、おもしろいです。

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03

「お茶とご飯をめぐる旅」。

 レンタカーを借りて、鹿児島空港からいざ、お茶の地へ。
 今回の旅程は、4月下旬と5月中旬の計6日間。その2/3は、鹿屋(かのや)という場所ですごした。鹿児島をカニの爪にたとえると、向かって左爪の薩摩半島には鹿児島市街地や砂むし温泉で有名な指宿など、話題のスポットがたくさんある。一方、鹿屋がある右爪の大隅半島は穏やかな場所で、現地の人いわく「行く理由がなければまず訪れない」エリア。はじめての訪問者にとって判断に迷う道も多くて、移動は四苦八苦だった。運転を担当してくれたカメラマンさんを助手席から必死にナビゲートするも、「大根占(おおねじめ)」や「肝属郡(きもつきぐん)」など標識に書かれた地名が読めず、検索にもひと苦労。グーグルマップ上で何度も自分たちを見失った。
 けれどそんな大隅半島は、クルマの窓から見える風景こそが美しかった。
 半島の上から下まで海沿いをひたすら走ることができる長いルートがあり、とにかく楽しい。海をバックに、ローカル線や桜島やヤシの木や港のボートなど、いろいろなものが代わる代わる現れ、まるで長編絵巻を見ているかのよう。それは東京出身の自分からすると心躍るもので、ずっと眺めていられた。風も海の色もどことなく南国。沖縄に近いエリアだということが体感でわかり、独特なあたたかさに頬がゆるむ。
 そもそも今回鹿児島を訪れることになったきっかけは、お茶をめぐる旅の行き先として産地を調べていたところ、静岡県に続き生産量第2位として鹿児島県が出てきたことだった。しかも日本で一番、収穫が早くはじまるらしい。
 鹿児島? 意外すぎる。お茶なんてあったっけ?
 鹿児島の飲み物といえば焼酎な私は、あまりの想像できなさに、次の瞬間には行くことを決めた。
 旅立つにあたりお茶について掘り下げようとしたものの、さっそく壁にぶつかった。自分のなかに、お茶の知識がまったくない。たとえばコーヒーならコロンビア、ブラジル、ブルーマウンテン、紅茶ならダージリンにアールグレイにアッサムにと、詳しいわけでもないのに片手で数える程度の銘柄は簡単に浮かんでくる。味の違いもなんとなくだけど、わかる。対してお茶。やぶきた茶、宇治茶、お~いお茶…って、3つ目からペットボトルの銘柄が出てくる始末。
 考えてもラチがあかず、結局、全然わからないから現地で学んでいこう! という、月刊LOGOSでよくやる丸腰突撃作戦を決行することにしたのだった。


 海沿いの道から内陸に少し入った高台にある、お茶の農園を訪ねた。
 ここで出会った農家の今村和也さんの話が、笑えるやら興味深いやらで印象に残っている。
「静岡の人がすごいと思うのは、お茶を作っていない人でも静岡茶を語るんですよ。鹿児島は2位だけど語らない。語る文化がない(笑)。まぁ、鹿児島のお茶の全部が『鹿児島茶』という名前で出るわけじゃないですしね。『静岡茶』に名前が変わることもありますから」
 つまりはこういうことらしい。お茶というのは年間スケジュールがあって、全国の百貨店は八十八夜にあたる5月2日に必ず新茶を置かなければいけない決まりがある。鹿児島の日本一早い収穫は4月上旬からはじまるため、5月2日に並ぶ新茶は静岡茶という名前であったとしても、鹿児島産の葉がブレンドされていることがあるらしいのだ。静岡以外にも、いろいろな土地でほかの茶葉とブレンドされ、別名で売り出されることもあるのだそう。日本中のお茶は、鹿児島の茶葉がないと成立しないのだ。
 初耳すぎてびっくりしていると、今村さんが続けて口を開いた。
「よく『鹿児島茶って名前で売り出せないのは悔しくないですか?』って聞かれるんですけど、それに対しては『買ってもらえないくらいなら、静岡茶に名前が変わってもいいです』って答えてます(笑)。だってスーパーに行って鹿児島茶、静岡茶、京都茶って並んでたら鹿児島はまず選ばないですよね? 買ってもらえないよりは全然いい。もちろん、『鹿児島の名前消していいよ!』なんて、こっちからは絶対言わないですけど(笑)」
 なんだろう、この圧倒的なおおらかさは。縁の下の力持ちになることを厭わない感じ。かといって仲間たちと作っている100%鹿児島産の「大根占茶」について聞けば、それはそれでたっぷり語ってくれるから、自分たちで出すものにはきちんとこだわっている。
「でもね、本来お茶はいろんな種類をブレンドしたほうがおいしいんです。自分が作っている茶葉だけで、すべての特徴を出せるわけじゃないので。うちはうちの特徴のあるお茶をつくるだけで、ブレンドは茶商さんの仕事ですけどね」
 その言葉で、今村さんの前に会いに行っていた新原製茶さんの話を思い出した。新原製茶さんは製茶卸売業を営んでいる、まさに“茶商さん”で、お茶の入札市場を特別に案内してくれた。そんな新原夫妻から聞いた、「同じお茶には二度と出会えない」という話。
 どの銘柄をどれだけブレンドするか。深蒸しか浅蒸しか、深煎りか浅煎りか。同じ品種であっても農家さんによって味が変わるし、昨年と今年では茶葉が育った気候も違う。いれる時のお湯の温度と注ぐタイミングでも個性が出る。さまざまな偶然を重ねてできたその一杯は、絶対にほかと同じにならない。その時でしか味わえない味なんだ、と。
 ずらりと並んだ入札用の茶葉は、それぞれ手触りと香りが違っていた。違うことは、素人の私でもわかった。けれど良し悪しはわかるはずもない。ここからいい茶葉を探り当てて最高の一杯に仕立て上げるのは、無限の空間から宝石を一粒探し当てるようなものだ。もしかすると千利休の「一期一会」という言葉は、人と人との出会いだけじゃなくて、お茶そのものの“二度とない味”という意味合いも含んでいるのかもしれない。急に発想が飛んでそんなことを考えてしまったほどに、お茶の果てしなさを感じた。
 と同時に、自分のお茶に対する無知が申し訳なくなってくる。
 ボタンを押せば転がり出てくるペットボトルのお茶、そこにもきっと鹿児島の茶葉は入っているわけで、知らず知らず自分もめちゃくちゃ鹿児島のお茶を飲んでいたわけだ。そんな無意識を恥じ入ってると、「でも、自動販売機でお茶を選んでもらえるならいいですよね。お茶以外のドリンクもいっぱいあるんだから」と今村さんは笑ってくれた。なんたるやさしさ。「そもそも僕らは“鹿児島茶”を作ってるけれど、その前に“日本茶”を作っているので」。
 水筒に入れてきたお茶の、ゆれている表面をしばらく眺めた。新原さんが経営している「すすむ屋 茶屋」でもらった茶葉で入れたお茶だ。一期一会を思いながら口をつける。…ちょっと、煮出しすぎたかもしれない。新原さんが目の前でいれてくれたお茶は、目が覚めるおいしさだったけれど。でも、自分が入れたこれも二度と出会えない茶の味だと思うと、どこか特別な気がしたのだった。


 いま改めて鹿児島の日々を思い出してみると、あらゆる場所で長居していたな、という印象だ。会う人会う人みんなおもしろくて、つい話し込んでしまって、居座ってしまうことがよくあった。
 本州最南端の佐多岬の塩や、この場所にしかない豚「幸福豚」、キジ刺し、熟成かんぱち。食にも、お茶と同じくらいストーリーが詰まっていた。「食材を収穫する場所とキッチンとの距離を縮めること。食材が最高においしいのは採れたての瞬間だから」「家で植物を育てるなら、野菜だって育ててもいいはず」といった考えのもと、家庭菜園の新たな可能性をさぐっている宮原悠成さんのラボのような農園も、数年後の未来を感じさせてわくわくした。
 みんな好きなことを思い切りやっているからだろうか、考え続けているからだろうか。1の質問が10以上の言葉で返ってくるので、帰る頃には「ですです」という鹿児島の方言がすっかり移ってしまって(標準語の「そうです」。相手の言葉を肯定する言葉)、東京に戻ってからもしばらく「ですです」が口をついて出てきた。
 でも私が話を聞き、体験させてもらい、驚いたりしたアレコレは、出会った人からすれば特別なことではなくて、むしろルーティンや生活それ自体だった。“お茶とご飯のこと”としてタイトルにつけた「茶飯事」はそもそも、「ごくありふれたこと」という意味がある。「お茶」と「ご飯」を訪ねたこの旅は、結果的に、人の日常をめぐる旅だったようにも思う。
 それにしてもいろんな人がいるものだ、この場所には。色分けしても誰もかぶらないのに、我が道を行くスタイルはどこか似ているのが不思議。そんな人たちを紹介してくれた鹿屋のキーパーソン、前原宅二郎さんが話してくれた鹿児島人を形容する言葉が、なんだかとてもしっくりきた。
「鹿児島って独立国家というか(笑)、ほかに比べて人が往来しないところで。本州最南端で海に囲まれてるから経由する県じゃないし、上から誰か来るかって言っても、目的がない限り来ないです。南に下がるにつれて段々となにもなくなっていくんですけど、それにつれて、人間自身の混じりっ気もなくなっていくんですよね」。
「おもしろい人は、まだまだいますよ」と前原さんは言う。ゲジゲジだらけの防空壕で生姜のおいしさを追求している人とか、粉醤油を作っている人とか。さわりだけ聞いても前のめりになってしまう。会いたい。また鹿屋に来たい。
 ひとつ後悔しているのは、私の助手席のナビが本当にポンコツだったこと。運転免許を持っていないため、移動が予想以上の珍道中になってしまった。クルマ社会の鹿屋への再訪を目標に、この原稿を書いたあと、教習所に通いはじめようと思う。


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