網走パンチライン。

VOL.96

網走パンチライン。

毎年恒例の冬企画ですが、ついに津軽海峡を渡りました。北海道。月刊LOGOSにとっては夏と音楽とフェスと家族の象徴のような土地。そんな北の大地での冬企画なのですから、ワカサギ釣りやホーストレッキング、流氷ツアーとEnjoy Outing!なお目当てが満載だったのでした。そして、旅するということ=人と出会うこと。編集部が出会えた人々の名言(パンチライン)も紹介します。

撮影&MOVIE/関 暁   取材・文/唐澤和也

01数百分の一のワカサギ釣り。

ところが40分後
1月26日土曜日
冬の北海道、しかも網走を目指すのならば、なんと言ってもワカサギ釣りでした。でも、なぜ「数百分の一」という形容がつくかと言いますと、今回お世話になったガイドさんが昨年担当した総数が数百人で、その内1人だけが釣果ゼロだったから。さてさて編集部やいかに?

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02幸運な流氷ツアー。

翌日の1月27日
北海道の流氷ツアーは2月が旬として有名です。だがしかし、掲載日を考えると1月末までに取材を終えねばと、ダメ元で「網走流氷観光砕氷船おーろら」の予約をしていたのでした。なのに、なんという幸運! 北の大地に訪れたその日からツアーがはじまってくれたのでした。

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03

「ホーストレッキングとワカサギ釣りとかの旅」

 網走のはじまりは、やけに目線が高かった。
 さくりと音がしそうな新雪の上を、ぽっくりぽっくりと馬でゆく。ホーストレッキングと呼ばれる人気アトラクション。取材時は時期が合わなかったけれど、流氷が着岸する頃には平原部から海岸線までをぽっくりぽっくりとくだっていき、馬上から流氷を眺めるというなんとも贅沢なツアーも人気なのだそう。
 さて、1月25日金曜日の我々の場合。白雪の上をホーストレッキングできるだけで興奮していた我々が、ぽっくりの前に、まず驚かされたのが目線の高さだった。(人生初乗馬が雪の上かよ!)と心の中でビビりながら馬にまたがると、自分の足で雪を踏みしめていた時とまったくもって景色が変わった。子供の頃、上級者になって高い位置に足場をセッティングした竹馬の感覚に近い。
 なのに、まったく怖くない。ドンという名の元競走馬にまたがったのだけれど、見るからに賢い彼はこちらが手綱を握っているだけで、なにもせずとも歩みを進めてくれる。ぽっくりぽっくり、時々、小走り。カッカッカッという小気味よいリズムの小走りでは体が上下に揺れたが、それでも抜群の安心感だった。しかも、あたたかい。馬の体温は人のそれよりも若干高いらしく、ドンの背中のぬくもりがありがたかった。ここは網走。空港近くのレンタカー屋さんでも最寄りの宅急便屋さんでも、地元の人はみな「今日はあたたか。いつもは寒っっっっっいから!」と小さな「っ」をふんだんに使って教えてくれたが、空港に降り立った時点でマイナス4℃。東京人からすれば充分に寒っっっっっい。ホーストレッキング会場に移動してからも、青空がのぞいていたのは一瞬で、グレーな空を雲が覆い、そこそこの吹雪が顔面を叩いた。
 いま振り返ると、この一瞬の青空にも深く一礼せねば、である。
 というのも、このホーストレッキングでお世話になった小西さんが、最初のほうは、まるでやる気がなかったからだ。どれぐらいやる気がなかったかと言うと、こちらが施設に近づいた頃に電話して「10分後ぐらいにうかがいますね」と伝えてから到着したのに馬の用意をしてなかったほど。ホーストレッキングなのにホースゼロって。月刊LOGOSではいろいろな体験をしてきたけれど、さすがにびっくりだった。
 もちろん、小西さんは仕事に対して真摯な人なので、ゼロには真っ当な理由がある。予約段階でも「せっかく来てもらっても天候によっては体験できないかもしれないよ」と告げられていた。当日も僕らが電話したタイミングでは、ホーストレッキングをする周辺は吹雪いていたそうだ。なのに、僕らは来ると言う。でもなぁ、無理なもんは無理だからと小西さんが断ろうと考えていたら、みるみるうちに青空が顔を出す。(あれ? おっかしいな。晴れちゃったよ)。そんなことを小西さんが思っていたかもしれないところへ我々が顔を出して「楽しみでーす」と無邪気に目を輝かせたというわけ。(ま、しょうがねぇか)というのが小西さんの本心だったような気がする。
 そしてもうひとつ。この男を褒めるのはなんだか悔しいけど、カメラマンの関くんのパンチライン(名言)が小西さんのやる気スイッチを押していた。
 その場面はこうだ。編集部3人が各自馬にまたがったところ。小西さんが、少し怒気を孕んで「その格好で馬に乗るのか?」と関くんに尋ねた。関くんはスチール用とムービー用のふたつのカメラを持っていたので、小西さんからすると(危ない。乗馬を舐めているのか?)と感じたのかもしれない。「すみません」とひとこと謝ってから、関くんはまっすぐにこう答えた。
「でも僕、コレがないと仕事にならないんです」
 笑いはしなかったが、あきらかに小西さんの表情が変わった。漢字で表現すると、(男じゃなく)漢が漢を認めた瞬間。その瞬間からずっと、小西さんはやさしかった。まずは、ぽっくりぽっくりの様子を見て関くんが乗馬経験者ということを確認すると、先導してくれていた佐々木さんという女子大生に、あれこれと撮影にプラスになる指示を送ってくれたのだ。途中、そこそこな吹雪で、ふだんなら中断するタイミングでも小西さんはホーストレッキングを続けてくれたし、何度も関くんに「いい写真撮れてる?」と聞いた。
 撮影が終わると事務所で暖をとらせてくれた小西さんは、あつあつのコーヒーをすすめてくれながら「ごめんな。最初やる気なくて」と笑った。野球でたとえると打ちごろの直球なんだけどドまん中すぎて見逃しちゃう、みたいなひとこと。(あ、自分で言っちゃうんだ)と編集部3人は同時に心の内でツッコみ、一瞬の間があいたあとで、僕らは爆笑した。


 翌日の1月26
 翌日の1月26日の土曜日は、網走湖で釣り糸を垂らしていた。
 これまた人生初のワカサギ釣り体験だが、ガイドをお願いした「オホーツク自然堂」の梅林さんに事前相談をしている時点で、パンチラインをもらっていた。「数百分の一のワカサギ釣り」である。
 事前の打ち合わせのなかで、昨年度のガイドで、のべ数百人を担当していた梅林さんが、「1匹も釣れなかったのは1人だけでした」と教えてくれた。しかも、その1人はおばあちゃんで、ワカサギが回遊している“湖の底からちょっと上”という感覚がどうしてもつかめなかった故の釣果ゼロだったそうだ。
 今回の特集ではパンチラインを「名言」と意訳しているけれど、「数百分の一のワカサギ釣り」は、文字通りパンチの効いた言葉だった。ワカサギ釣りはおろか、釣りというものの経験がほぼない身とはいえ、そっち側はまずい。数百分の一になるのは、そうとう恥ずかしい。まだ、おじいちゃんじゃないし。
 というわけで、網走湖で釣り糸を垂らす僕は、本誌が大切にしているEnjoy Outing!スピリッツを忘れ、かなり真剣に、もっと正直に言えば、全身全霊でワカサギを求めていた。
 釣り用語では「あたり」と言うのか。ワカサギが餌に食いついてきた「あたり」の反応はあるのだけど、「あわせ」と言う、「あたり」が感じられた瞬間に竿をあげて魚の口に針をかけるタイミングがまったくわからない。「あたり」はあっても釣れない。「あわせ」が早すぎるのか? しばらくするとまた「あたり」はあるけど、やっぱり釣れない。遅すぎるのか? 早いの? 遅いの? そもそも正解を知らないし。そのうち、「あたり」すらあるんだかないんだか、どれが「あたり」なのかもわからなくなる。
 ところがである。向かいに座った広報・寺園は女ワカサギ師と化していた。
 釣り糸を垂らす。「あ、釣れた」。釣り糸を垂らす。「あ、釣れた。2匹一緒だ」ガイドの梅林さんが作ってくれた「いけす」(漁獲した魚を水中に生かしたまま蓄えておくところ)に、次々と釣果を移していく。垂らすと釣れる、まさに入れ食い状態。ものの30分で20匹ほどが「いけす」に蓄えられていった。
 天才かよ……。それに比べて……嗚呼、本誌編集長ってば……。
 待てと暮らせど、ワカサギが釣れやしない。向かいの女ワカサギ師が釣りすぎているせいだと場所を移してみるが、デジャブ状態。ワカサギ様のお姿を拝むことができない。(俺は数百分の一なのか?)(昨年のその1人はおばあちゃんだったらしいし)(ってことは、俺はおばあちゃんなのか?)とネガティブ思考がぐるぐるする。寺園がなにか話しかけても聴覚が絶賛フリーズ中で、彼女の言葉はなにも届かなかった。
 40分ほどがたったころだろうか。心が開き直った。
 とにかくいろいろ試してみようと、「あたり」に対していままでやっていないタイミングで「あわせ」て、糸をまき上げていくと、穴の中の糸がぐるぐるとまわるではないか。一気に巻き戻った記憶が、梅林さんがお手本で釣り上げた時のワカサギの様子を思い出す。これだ。これだった。このぐるぐるしてる生命力はワカサギの必死さだ。(やった!)(ついに!)(いや、焦るな!)。ポジティブ思考がアドレナリンと一緒に脳と体をかけめぐる。
 そして、ついに、とうとう、2400秒ぐらいの格闘のはてに、美しき銀色のワカサギを釣り上げた瞬間は、小学校低学年以来の大声で「やったぁ~!」と叫んだ。そこからは、釣れる速度が加速し、トリプル(3匹同時釣り上げ)も経験できた。
 結果、1時間半ほどで20匹と数百分の一にはならずに済んだが、女ワカサギ師は同じ時間で50匹以上を釣り上げており、「20匹ぐらいから数えるのをやめました」と、こちらを悔しさで震わせるパンチラインを口にしたのだった。


 時を少しばかり戻して、明日から網走という旅の前日。なぜだかふと不安になることがあった。
 今回の網走の旅では、ホーストレッキング、ワカサギ釣り、流氷ツアーとEnjoy Outing!な体験が目白押しだったので、そのことに対する心配はなかったけれど、ひとつのビジュアルに関して急に不安な気持ちが襲ってきたのだ。それは、網走湖の夕暮れにLOGOSアイテムを使ってたき火の場面を撮影するということ。凍った網走湖とぬくもりあるたき火。素敵な写真になるはずだった。
 ところが、薪の用意をしていないことに思い当たる。北海道にはホームセンターがたくさんあるから、現地調達すればいいやと気楽に考えていたのだが、零下の気温が当たり前の極寒の地で、冬にキャンプをする人なんていない。じゃあ、家庭用の薪を買う人がいるのかと想像すると、本格的な冬の訪れの前に大量に購入するなどの準備しておくものなんじゃないか? 
(もっと早く気づけよ、俺!)と焦りながら網走近郊のホームセンターにもれなく電話するも、すべからく在庫ゼロ。焦りに焦りながら「網走 薪」とネット検索をかけると、ある人のフェイスブックにたどりついた。藁をもすがる思いで電話してみるも、コンテナ売りが基本で、すでにこの冬の薪は完売してしまったと言う。
 けれど、たき火の撮影は無事にどころか大成功だった。深い紺色のとばりがおりた無人の網走湖を照らすオレンジ色の炎は、白い雪も同じ色に染め、美しくもどこか切ない写真となったのには理由があった。
 フェイスブックのその人が、網走のセイコーマートというコンビニの駐車場までわざわざ薪を持って来てくれたのだ。伊藤さんという方だった。その薪を詰め込んだダンボールには、火おこし用に薄皮や細い木まで含まれていて、それはまるで「網走たき火簡易セット」、いや、「網走たき火愛情セット」だった。
 なぜ、見ず知らずの人間にここまで親切にしてくれるのだろう。思うだけでやめておけばいいのに、ホーストレッキングでお世話になった小西さんの影響なのか、ド直球に「なぜ……」と聞いてしまう。伊藤さんは、その理由を少ない言葉で教えてくれた。
「力になりたかったんです。わざわざ東京から網走に来てくれるんだから」
 振り返れば、パンチラインの連続だった網走の旅。
 会話におけるど直球を教えてくれた小西さんは、ホーストレッキングなどのアルバイトだった大学生が東京に就職して長期休暇などで網走に戻ってくると、都会に苦戦している子はその顔を見ればすぐにわかるのだそうだ。
「そういう子には、By way=寄り道をしてみなよって言うことにしてるんだ。東京みたいな都会だととにかく時間に追われるだろ? 俺にはそういう生活が間抜けにみえるからね。なにかに追われるばっかりで“間”がないと間抜けな人生になってしまうから」
 実は、都会的な生活から、網走へと移住をしたのが、ワカサギ釣りでお世話になった梅林さんだった。前職は広告代理店。同級生の奥様と大学生時代から北海道を旅してすっかり気に入り「30歳で北海道に移住する」との目標をたてる。
「大学を出て広告代理店に勤めて、その後、コピーライターになったんですけど、毎日が『終電、間に合うかな?』といった生活サイクルでした。間に合わず徹夜になることもあって、とにかく忙しかった。それで29歳の時に移住したんですけど、いま思うと、言葉にしておくのって大切だなぁと感じます。『30歳で北海道に移住する』と周囲の人にずっと言っていたんですけど、言葉だけで逃げていた時期もあったと思うんです。でも、いよいよ30歳が近づいてきた時に、よし、移住しようって。自分の言葉が背中を押してくれたような気がします」
 ガイドの仕事は最初からうまくいったわけじゃなかった。お客さんが来てくれない時期もあった。それでも、ひとつずつ誠実に仕事を続けていくうちに「オホーツク自然堂」の名は信頼されるようになっていく。

 いつもの旅以上に幸運と出会いに恵まれた網走の旅。
 最後のパンチラインは、今回の旅で一番お世話になったワカサギ釣りガイドの梅林さんが最終日の雑談中に贈ってくれたものだったりする。
「薪ですか? 言ってくれたらうちにもあったのに」
 絶句とはこのことだった。その言葉に、本誌編集長はしばし無言になってしまう。よく考えたら、そりゃそうだ。梅林さんの言葉にも感謝しつつ、わざわざセイコーマートに薪を届けたくれた伊藤さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 でもなぁとも思う。だからよかったのかもしれないと思う。BY WAY=より道したからこそ、素晴らしき写真としてだけでなく、物語としてもあのたき火は僕の記憶に焼きつけられたのだから。


04「ワカサギ釣りと流氷とかの旅 網走パンチライン。」

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