home > 月刊LOGOS > vol.91 WEB版 ぐるぐる富士山
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まるでニワトリとタマゴの話のように。タイトルが先だったのかコンセプトが先だったのか思い出せない今回の旅ですが、日本が誇る名峰に魅せられて、とにもかくにもぐるぐるし続けました。頂きにまだ雪残る4月から、山開きされる7月上旬までの3ヶ月間。もちろん、本誌vol.86でも宣言した通り、初心にかえるべく人生初の富士登山にも挑戦してきました。さてさて、どんなぐるぐるだったのでしょうか?
撮影/関 暁   取材・文/唐澤和也

月刊LOGOSの旅といえば、やっぱりキャンプは欠かせません。そして、『ぐるぐる富士山』というぐらいですから、富士山が見える絶景キャンプ場だってかかせません。そんなアウトドアな旅もフューチャーしつつ、やっぱり一番欠かせないのは人との出逢いだったのでした。

はじまりの1枚。よーし、ぐるぐるするぞーと気合を入れた編集部の目にとまったのはサービスエリアでのLIKE A富士山ディスプレイ。

はじまりは4月18日のことだったのですが、行けるところまで富士山に近づこうと富士スバルラインで5合目を目指しました。

その途中、めっちゃ濃霧。もうですね、笑っちゃうぐらい濃い霧が。ところが5合目は超快晴だったことで富士山の大きさを再確認。

そんな5合目の様子などは、PAPER LOGOSに掲載しているのですが、WEB版では旅の様子を。まず訪れたのはJR静岡駅近くの……。

ふたつのおでん街へ。レトロな横丁には、黒い出汁&串刺し&削り節でおなじみの静岡おでんのお店が軒を連ねています。

編集部もぐるぐるファーストナイトを静岡おでんで堪能したのですが、2軒目は日本酒の品揃えも抜群な「十千花前」へ。

静岡なのに京おでんで勝負しているところもユニーク。鈴木店長には静岡県民と山梨県民が描く富士山の絵が違うことを教えてもらいました。

静岡側から見ると、頂上から右側がやや下がるのに対して、山梨側から見ると逆に左側がやや下がるんですって。

そんな左下がりの山梨県で旅したかったのが、こちら。って、わかります? そうです。5月17日、ワイナリーを訪ねました。

1913年創業の「くらむぼん」さんへ。3代目の野沢貞彦会長に畑や酒蔵を案内してもらいました。

勝沼産ワインは海外でも評価が高まっているのだそう。何種類ものワインをテイスティングできる試飲会もおすすめです。

山梨のぐるぐる旅では、ぐるぐると回って音を再生するアイテムを扱うお店にも。魚屋さんをリノベして中古レコード屋さんに。

「レコードには先人のなにかが詰まってるから好きです」と語る店主の岩森さん。セルフビルド中の店内はさらにバージョンUP予定。

同じく、山梨県サイドでは独特なヒンヤリ体験も。5月18日のことだと言うのに天然の氷が。青木ヶ原樹海の自然洞窟内にて。

ツナギにヘルメットをレンタルして探検家仕様で洞窟を進むと遭遇できます。入り口の様子はこんな感じ。

詳しくはカントリーレイクシステムズまで。富士山が作られた歴史や、青木ヶ原樹海の成り立ちなどもわかりやすくレクチャーしてくれます。

空からもぐるぐるしてきました〜。LOGOSの別仕事で和歌山県を訪れるべく乗った飛行機から。でかいぜ、富士山!

その頃いっぽう、右肩下がりの静岡サイド=サッカー王国ということで、清水エスパルスのチャイルドクラスの練習にお邪魔しました。

そして、こんな富士山にも遭遇! ハタゴイン静岡吉田インターには貴重な銭湯絵師・田中みずきさんによる名峰が大浴場にあり。

男湯と女湯では異なる富士山が! ロビーには約1万冊の漫画・雑誌が読み放題。大浴場入浴&ロビーの読書は宿泊者限定なのでご注意を。

めっちゃ泊まりたかったですが、今回の企画では目指す宿泊施設があり……。写真はサッカーどころ静岡で見かけた野球少年。

目指す宿泊施設、別名キャンプ場が「ほったらかしキャンプ場」! 標高700mに位置し、絶景富士山をEnjoyできます。山梨サイドです。

区画サイト、フリーサイト、ほったらかしサイトなどからお好みで。小屋付きサイトやキャンピングカーのレンタルもあります。

沖縄のスタッフいわく「山梨県って山なしとか言って山あるなぁって(笑)」。天候によっては雲海も見られる。この日は夕焼けが絶景。

毎度おなじみ絶景 butおっさんふたりということで、さくっと晩餐に。毎度おなじみスキュア部スタイルで地元のワイン牛を。

もうひとつ、絶対に訪れたかったのが浩庵キャンプ場。穏やかな本栖湖と雄大な富士山が絶景以外のなにものでもなし。

旧五千円札と新千円札のベースとなっているのが岡田紅陽氏の写真。彼が愛したロケーションにほど近いのが、浩庵キャンプ場。

そんな浩庵キャンプ場で出会ったのがマガリ・モリックさん(20歳)。なんと、東京から9日間もかけてこの自転車で待望の富士山を。

ではでは、静岡サイドのアウトドア的旅のひとときと言えば、こんな感じでした。晴れたら富士山も見える湾外沿いにて……。

漁獲量日本一の静岡県産桜えびと白米の富士山盛り! 時期的に合わなかったですが、干された桜えびの背景に富士山がそびえるの図は壮観。

ふつうにおいしくいただきたかったもので(笑)。編集長愛用の土鍋と木蓋を持参しつつ、「LOGOS the ピラミッドTAKIBI L」にて。

おいしかったと言えば、静岡県富士市の後輩に「絶対食べてきて!」と叫ばれた、つけナポリタン。もちもち麺としっかりスープが絶妙!

いやぁ、だいぶぐるぐると旅してまいりました。忘れられないのが、山梨県笛吹市が収穫量日本一を誇る例のあれの……。

例のあれ=桃なのですが、写真の雨宮家の智也さん(写真左)が考えたのがピーチキャンプ。詳しくはこちら

旅する富士山編のラストはこちら。富士サファリパークでは、撮影専用車でライオンゾーンを抜けていくと……。

動物越しに、麗しの富士山 in 5月27日! 4月の雪化粧もすでに昔のことで、ぐるぐるしたなぁと再確認したのでした。

ちなみに。昼のサファリは年中無休ですが、期間限定でナイトサファリもあり。餌をあげられるジャングルバスもおすすめ。

天才画家・葛飾北斎から昭和の写真家・岡田紅葉まで。富士山に魅入られた表現者の気持ちが、人生初富士登山でちょっぴりわかった気持ちがしました。なんて言うか、この日本一の山はとにかくでかい! その感覚は物理的な意味だけではなく精神的にも……。いざ、登ります!

登るぜ富士山編のはじまりは、4月18日のことでした。富士スバルラインで5合目へ。写真は旅の途中の富士川SAより。

富士スバルラインで5合目は、超のつく観光地で、from中国の方などそれはもうたいそうな賑わいだったのですが……。

まだ雪残る、名峰の横顔を見ちゃったら“お試し富士山”したくなるってもんです。山開き前なので1時間と時間を決めてトライ。

正直、なめてました、富士登山を。わずか1時間で切れる息、筋肉痛の足。帰京後、トレーニング開始!

富士登山は、吉田ルート、富士宮ルート、御殿場ルート、須走ルートの4ルートが有名。5月19日、須走口5合目から小富士へトレッキング。

往復1時間もかからなず、高低差もなく、気楽に歩けておすすめ。しかも、振り返るとそこには……。

本物の富士山が! 小富士から眺める富士山、最高でした。そして約1ヶ月の週末ランニングが効いたのか息も切れず。

こりゃあ本番も楽勝かななんて上機嫌で須走口五合目まで戻ると、目を疑いました。吉兆とされる「一富士二鷹三茄子」のうちのふたつが!

ありがたやありがたや。ちなみに、おふたりは鷹匠などのプロフェッショナルではなく趣味で飼っていると聞いて二度目のびっくり!

5月28日は今回の企画の超重要人物に会うために、富士宮五合目へ。待ち合わせ時間まで余裕があったので宝永山へ。

宝永山は1707年に噴火、日中でも陽の光がさえぎられるほどに火山灰が降り続いたそうです。降り積もった灰は10cmとの文献も。

当日の気温はこんな感じだったのですが、おっかしいなぁ。週末トレーニングは続けていたのに、めちゃくちゃ息が切れました。

登山は体調によるのだなぁなどと再確認していると、ぜひとも逢いたかった超重要人物が! ん? 富士山登頂2230回???

その人物こそ、實川欣伸さん。さきほどのバッグパックには、「1850回」とありましたが、この日で1979回目の登頂達成!

實川さん行きつけの食堂で、おばちゃんにゆで玉子をご馳走になりながら、お話をお聞きしました。詳しくは本文を。

そしてそして、トレーニングなどの身体的準備も、實川さんに富士山のいろはをお聞きするという知的準備も完璧に、いざ山開きへ!

しかも、お互いに人生初の富士登山なので、のんびり行こうと山開き前夜を吉田口5合目ですごすという完璧さ。前日の天気も完璧!

ジャンケン運も完璧。開山祭の前祝い的に地元の方々がジャンケン福引をやっていたのですが、NO地元でも参加OKとなるやいなや……。

即勝利! 見事にコンディショナーをGETさせていただきましたぁ(短髪だけど)! そして7月1日の山開き当日早朝ももちろん快晴!

吉田口五合目にある小御嶽神社に富士山に関わりの深い人たちが集まる開山祭。思えば例年は梅雨時なのによくぞ晴れてくれました。

開山祭で特徴的なのが、天狗様の存在。五合目周辺は「天狗の庭」と呼ばれ、天狗が支配していたとする伝承も残っています。

もうひとつ、インパクト強しだったのが、真っ赤なお神輿。地元の女性陣などがこちらの神輿をかついで登山道入り口近くまで練り歩きます。

庶民がお金を出しあって代表を選び、みんなの祈願を託されて富士山頂を目指したという富士講。いまも受け継がれています。

さーて、登りますか! つづら折りというのでしょうか。右に行って左に行ってと同じような景色が続き、やや単調ですが……余裕っす。

五合目から六合目も余裕です。足慣らしのつもりが敗北感を味わった春先の出来事(4月18日)がうそのようです。

しかも、この快晴という名の恵み。景色は単調ですが、雲海が変わらずずっと見えたのはEnjoyナイス景観でした。

30年前の杖を愛用し続けている松戸さん。「富士山は楽しいっていうより苦しいのがいい。余計なことを考えなくなる瞬間が好き」。

8合目までも余裕。って、いつもの月刊LOGOSだとここから急展開ですよね? 急に苦しくなったりしますよね? ところが……。

登頂達成〜! しかも、カメラS氏と相談してお鉢巡りと呼ばれる山頂の火口周辺を歩いてみることに。

ネパールの方とも友達になりつつお鉢巡り。吉田口を登りきったところは3776mではなくお鉢巡り内に最高峰ポイントがあったりもします。

今回の富士山登頂で、一番おもしろかったのが、お鉢巡りかも。1時間半から2時間ほどかかりますが、超おすすめ!

さーて、帰りますか。と、帰路につくや編集長に異変が! ある意味、予想通りだと感じた月刊LOGOS愛読者よ、本文に続きます。

取材後記
「はじめての富士登山。本誌編集長の場合」
「はじめての富士登山。本誌編集長の場合」   いい加減に学ぼうよと思う。
 7月1日、富士登山の吉田ルート。人生初の日本最高峰登山は、まずまず順調だった登りとは裏腹に、その下山は修羅場と化していた。
 そもそも、のんびり行くはずだったのだ。はじめての富士山だし、お互いもういい年なんだし、登山の途中で写真を撮ったり、話を聞いたり、ふつうに登る人よりも時間がかかるだろうし。
 などという打ち合わせをカメラマンS氏と重ねて、通例の富士登山が1泊なところを2泊するという余裕な行程を組んでもいた。
 なのに、バンビだ。
 うまれたての小鹿のごとく、ぷるぷると震える右足はバンビ状態で、とっくの昔に言うことを聞いてくれない右膝がとくにひどい。登りはきつかったにせよ、順調だった。頂上の火口周辺をぐるりとまわる「お鉢巡り」も、2時間ぐらいかけてコンプリートできてもいた。
 だが、達成感は一瞬だけ。右足がバンビりはじめたのは、下山してわりとすぐのことで、やがて膝を曲げることができなくなってしまう。無理して曲げようとすると、欧米人ならば「アウチ!」と叫ぶであろう痛みが走る。しかたがないので、マッチ棒のように曲がらぬ膝を「いっちに、いっちに」と前後させるしかなく、ふつうに歩く場合の5倍は時間がかかってしまう。
 ぐるぐるぐるぐる。
 時は戻って4月18日のこと。
 すべてのはじまりはこの日だった。雪残る富士山を撮影するというのが目的だったが、富士スバルライン五合目で、異国情緒を満喫する。中国からの観光客が圧倒的多数派で、你好感がものすごい。そんな異国情緒あふれる人混みをさけ、吉田ルートの五合目から六合目を登ってみた。
 富士山登頂には「吉田ルート」「富士宮ルート」「御殿場ルート」「須走ルート」の4ルートがあるが、ほかよりも山開き時期が早く、本誌の制作進行に最適なのがココだった。
 そんなわけで、いまだ雪残る4月の吉田ルート。これがまぁ、ちょっと歩いただけで、息が切れに切れる。残雪を歩くには、スニーカーでは足元がおぼつかなかったという理由もあったが、それにしてもひどい。5年ほど前までは3000メートル級の登山が趣味だったぶん余計に、己の体力低下を痛感させられる。
 同世代のはずのカメラマンS氏は、「きついね?」という言葉とは裏腹に、こちらが腰をおろして小休止している隙に、撮影スポットを求め、目をキラキラさせて視界から消えていく。その後ろ姿に、最近読んだサッカー漫画にあった、身体能力にすぐれた者へのツッコミが思い出される。
〈フィジカルモンスターめ!〉
 こちとらフィジカル凡人。だったら鍛えるしかない。ぐるぐる富士山のラストを飾る登山で編集長がリタイアなんてシャレにもならない。
 というわけで、東京に戻った週末から週に1度、ランニングをすることに決めた。実際、この日から毎週末、僕は地元である学芸大学あたりをぐるぐると走り続けることになる。趣味ではこうはうまくいかない。つくづく仕事は偉大だと思う。
 ぐるぐるぐるぐる。
約1ヶ月後の5月17日。
 いやぁ、仕事って偉大だ。昼間っから頭がぐるぐるしても(=酔っ払っても)怒られないのだから。
 その日訪れたのは、山梨県の「くらむぼんワイン」。最後に富士山登頂があるとはいえ、今回の企画では、静岡側と山梨側の両サイドをぐるぐると旅するのがポイント。ならばと、山梨が誇る歴史あるワイナリーのひとつを訪ねていたというわけ。
 くらむぼんワインの創業は、1913年。3代目の野沢貞彦会長がブドウ畑やワイナリーを案内してくれ、何種類ものワインをテイスティングできる試飲会などで、いろんなことを教えてくれた。
 印象的だったのは、おいしいワインの原料となる糖度の高いブドウは、実は恵まれた環境よりも、硬い地面だとか雨量が少ないといった、ストレスのある場合のほうが育ちやすいということ。「人間も同じなんでしょうね」と会長は笑っていたが、毎週末のランニングをストレスに感じていた身には、けっこうな至言として響く。がんばれ俺と。おいしいワイン的富士登山成功のためには、ストレスを感じないとダメらしいぞと。
 会長が「富士山」について続ける。
「私が一番好きな富士山の見える風景は、山梨県の御坂峠からのものです。眼下に河口湖があって、その奥に富士山が見えて。河口湖周辺にもワインの配達で行くのでその時に見えるんですけど、本当に美しい。富士山は信仰の山でもありますので神々しさすら感じます」
ミスター富士山は言った。
富士山への畏敬の念を忘れずに。
ミスター富士山は言った。<BR>
富士山への畏敬の念を忘れずに。  ぐるぐるぐるぐる。
 今度は静岡側での5月28日。
 くらむぼんワインの会長が言う富士山=信仰の山で言えば、有名なものは江戸時代にひろまった「富士講」だ。
 そのシステムは、庶民がお金を出しあって代表を選び、みんなの祈願を託された代表が江戸から富士吉田まで歩いて、その後、山頂を目指すというもの。江戸から富士吉田まで片道3日、富士吉田から頂上まで往復2日。つまり、合計で8日間の旅だったそうだ。しかも、かなりの健脚でとの条件付きで。
 では、現代の健脚事情はどうかと言うと、静岡県在住のミスター富士山こと實川欣伸さんの経歴がすさまじい。
 目標は、富士山に2230回登ること。本誌が話をお聞きした時点での登頂回数は、なんと1979回。この夏75歳になったというのに、富士宮五合目から約8時間で登頂して戻ってきちゃうし、かつては1泊2日で計4登頂していたというから健脚どころか、もはや「神脚」ですらある。
「富士山は見るもので登るものじゃないと言う人もいるみたいだけど、僕はまったくそうは思わないです。富士山には、登らないと見れない景色がありますから。サンピラーと呼ばれる太陽から光の柱がおりてくるような景色が見られたり、彩雲と言うんですけど、太陽の近くの雲が緑や赤色に彩られたりね」
 實川さんの富士登山初体験は、家族と一緒のもので、現在のように回数を目標にするものではなかった。
「本当は調理師免許も取っていたから、焼き鳥屋かラーメン屋をやろうと思ってたの。それが富士山の魅力を知って、富士山のおかげで人生を楽しくさせてもらってる気がします。なにを食べてもうまいし、金はどっかからまわってくるしね」
 實川さんは、日本一の山にほぼ毎日登ることでご自身の健康のバロメーターとなることを「考えたらぜいたくな話だよね」と笑った。
 ぜいたくと言えば、本誌もぜいたくだ。ミスター富士山である實川さんから直々に、はじめての富士登山へのアドバイスをもらえたのだから。
@呼吸は「吐く」を意識して。登山中の「吸う」は意外と難しい。吐けば自然に吸うのが人間。
A呼吸にあわせて一定のペースをキープ。ゆっくりでも自分のペースで。
B富士山への畏敬の念を忘れずに。
 その後、6月23日、實川さんは富士山登頂2000回目を達成した。
 ぐるぐるぐるぐる。
 ふたたびの7月1日。
 待望の富士山山開きである。
 天狗様と赤富士神輿がやけにファンキーだった開山祭の前に、我が目が圧倒されたのは、五合目から眺める雲海だった。白く広く漂う雲海。こちらから見てその奥のほうを、いままさに登らんとしている太陽が橙色に染めていく。360度、すべてがパノラマで美しい。
 ちなみに、当初予定の2泊のうち1泊は山開き前夜にあてていた。山小屋ではなく富士スカイライン五合目の宿に泊まり、五合目からのご来光を狙っていたというわけ。
 そして、7月1日。どうやら、天候も味方してくれていた。例年ならばまだ梅雨明け前というのに、快晴の天気予報。7月初日なのに、東京は35度の猛暑日だという。
 朝7時。歩く。呼吸は「吐く」を意識して一定のリズムで歩く。
 富士山が世界遺産となって以来、登山道は大渋帯すると聞いていたが、そんなことは一切なく、自分のペースで歩けるのがうれしい。渋滞モードになるのは、子供たちが夏休みとなる7月20日以降のことらしい。
 五合目から六合目へ。余裕。
 六合目から七合目へ。余裕。
 五合目で1泊して体が慣れたのがよかったのか、高山病の気配もなく、順調そのもの。家族連れの姿や外国人の仲間連れが目につき、休憩時に話かける余裕もあった。
 そんな流れの会話で、かなり意外だったのが登山客の目標設定。「頂上まで行けなくてもOK」な人がけっこうな確率で存在していたのだ。
フィジカルモンスターは言った。
プリンスルートがあるらしいよ。
フィジカルモンスターは言った。<BR>
プリンスルートがあるらしいよ。  43回の富士登山経験者である69歳男性は「富士山は毎回わくわくするから好き。雨でも頂上に行けなくても」と語った。
 神奈川より初挑戦の25歳男子の目標は、「飲みの席のノリでつい来ちゃったんですけど、想像していたより倍きついです。とりあえず7合目まで行ければOKかなと」だった。
 なるほどなぁ。そういう考え方もあるよなぁとは思ったが、こちとらガチガチの元体育会系である。ましてや、週末ランニングを3ヶ月弱ほど積み重ね、さらには3週間ほど前から禁煙という奥の手も繰り出していた。喫煙者でない人には想像しにくいと思うが、週末ランニングの何十倍も禁煙のほうがきつかった。それだけに、ここまでしておいて「頂上まで行けなくてもOK」などとはとてもじゃないが思えやしない。
 だから歩く。ランニング効果か、禁煙効果か、はたまた登山靴を履いているからか。はじめての4月18日と同じ道のりとは思えぬほど軽やかな足の進み。七合目までは息も切れず、快調そのものだった。
 本七合目から八合目では、登りきったと思ったら、同じような岩場がまるでデジャブのように続くので、「Again(もう1回)?」と叫んだ外国人女性にはげしく共感したが、それでも余裕があった。
 ぐるぐるぐる。
 ここで冒頭の言葉に舞い戻る。
 いい加減に学ぼうよと思う。
 実は、当初のプランでは快調に到達できていた八合目で、もう1泊するはずだった。だが、順調すぎた。登りはじめから4時間ほどの11時には到着してしまっており、なにをしてすごせばいいのかがわからない。寝るのか? いやいや、仮に早朝3時に起きるとしても何時間寝るんだという話。
 しかも、フィジカル凡人の僕でさえ好調なのだから、モンスターならば超楽勝のご様子。S氏が言う。
「行っちゃう? このまま?」
 絶妙な軽いノリだった。日本一高い山の3776メートルへの道のりだというのに「ちょっとコンビニ行く?」みたいな軽やかさ。もちろん、抗えるはずもない。
 そしてまんまと、冒頭の修羅場である。
 数度すら曲がらぬ膝。遅々として進まぬ歩み。余裕で子供連れの家族に追い抜かれる。でも、その家族のお母さんがやさしい人で、僕の不具合に気づいたのだろう。追い抜いてからわざわざ戻って来てくれて「大丈夫ですか?」と湿布を1枚渡してくれた。ありがたい。
 ぐるぐるぐる。
 人生最遅の歩みのなかで、ぐるぐると頭のなかを駆け巡るのは、この旅で出会った人たちのことだった。
 山梨県の中古レコード屋オーナーの若者は「東京だと選択肢がいろいろあるだろうけど、ここだとやらなきゃいけないことが明確」と言っていたのがカッコよかったなぁ。
 ピーチキャンプの雨宮さんと出会うきっかけはお肉屋さんだった。お店のおばちゃんが「キャンプだったらおもしろい人がいるよ」と教えてくれたのだが、はじめは「ビーチキャンプ」と聞こえて、山梨のどこに海岸があるんだと不思議だったなぁ。
 ご夫婦で2羽の鷹を飼われていたふたりは、いつの日かお鉢巡りの場所、つまりは富士山火口で鷹を往来させるのが夢だそうだ。それにしても、富士山で鷹は笑った。ものすごい首振り速度で二度見したなぁ。
 ぐるぐるぐる。
 にやにやにや。
 まわりから見たらさぞ気持ち悪かっただろう。ボロボロの中年登山者がニヤニヤと思い出し笑いをしながら、まるでカタツムリのようなのろまさで、ゆっくりと下山していたのだから。
 夜の9時をすぎていたと思う。
 なんとか無事に下山できた時の安堵と達成感は、ちょっと言語を絶していた。うれしくて死ぬかと思った。
 ただ、富士山はこれが最初で最後でいいやとも感じていて、かつて登ったことがある日本2位の北岳から眺める富士山ならば、もう一度見てみたいなぁともぼんやりと考えていた。
 なのに、モンスターが言う。
「まだあまり人に知られていないらしいんだけど、富士山にはプリンスルートっていうのがあるらしいよ」
 この人はどこまで怪物なのか。こちらは最初で最後とか思っていたのに、下山即次って。底が知れない。
 だが、後日気になって調べたところ、プリンスルートのメリットは、「下山時に膝への負担が少ない」点もあげられるらしい。バンビらない富士山かぁ。あれほど懲りたはずなのに、ぐるぐるが首をもたげる。
 とりあえず、禁煙はもう少し続けてみようと思う。


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